文学考察「ずっとお城で暮らしてる」シャーリィ・ジャクスン


横浜読書会konkon主催の栞(しおり)です。
考察というものを初めて書いてみます。
それでは拙い点もありますが、どうぞお付き合いください。

私が主催している横浜読書会konkonの活動内容は、
以下の開催レポートをご覧ください。
読書会開催レポート

※今回はブログなのでしっかり考察していますが、読書会ではこんなふうに話す必要はありません。
「なんか怖かった」「ここが好きだった」くらいの気軽な感想で大丈夫です。
まとまっていなくても、そのまま持ち寄って楽しく話すのがkonkonのスタイルです。

ぜひ、最後までお読みください!


作品概要 「ずっとお城で暮らしてる」

『ずっとお城で暮らしてる』(原題:We Have Always Lived in the Castle)考察

『ずっとお城で暮らしてる』(原題:We Have Always Lived in the Castle)は、シャーリイ・ジャクスンの1962年に発表された長編小説です。

国内では、東京創元社から「創元推理文庫」として市田泉訳で出版されています。


あらすじと世界観 「ずっとお城で暮らしてる」

物語の語り手は、主人公のメリキャット(メアリ・キャサリン・ブラックウッド)。村の中で異質な存在感を持つ資産家一族の娘です。
彼女の一族は6年前、夕食に混入されたヒ素により、ほとんどが命を落としました。

生き残っているのはメリキャットと、姉のコンスタンスとジュリアンおじさんだけ。
コンスタンスとメリキャットはヒ素を口にしませんでしたが、おじさんは毒によって半身麻痺の状態です。

お城のような屋敷と広い敷地を持つ何代も続く名家ですが、犯人不明のまま未解決となったこの事件の後は、村の中で迫害される存在となり、お城に閉じこもって暮らしています。

事件以後の村人との関係

「ずっとお城で暮らしてる」のワンシーン。メリキャットが村へ買い物へ出かける。

物語の冒頭、メリキャットが引きこもっている姉の代わりに、週に2回の買い物に行きます。

村人たちの偏見と憎悪の眼差しの中、メリキャットは頭の中で買い出しの道のりを「ボードゲーム」に見立てて進んでいきます。
メリキャットの頭の中は、常に空想と現実が入り混じっています。

自分たちを排斥する村人たちへは、 「みんな死んじゃえばいいのに」 「死体の上を歩いていけるならいいのに」 と、残酷な妄想と憎悪をふくらませていきます。

だけどあたしはやっぱり、みんな死んじゃえばいいのにと思う。いつかの朝、食料品店に入っていくと、だれもかれも(エルバート夫妻と子供たちまで)苦痛に泣き叫びながら転がっていて、死にかけていたならすてきなのに。そしたらあたしはその人たちの身体を乗り越えて、自分で食品を取るだろう。好きなものを棚から取って、家まで帰る。ひょっとすると、転がっているミセス・ドネルを蹴飛ばしてやるかも。
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』p.20より引用)

メリキャットの内面にある幼さと呪術的思考

作中では、メリキャットが自分だけの魔法の言葉を唱えたり、嫌なものが屋敷に入らないように土にお守りを入れたりしています。
自分で決めたルールを守ることで、自分たちは安全だと思い込んでいる様子が描かれています。

あたしは三つの力ある言葉を選ぶことに決めた。強い守護の言葉、その偉大な言葉が口にされない限り、変化はやってこないだろう。
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』p.81より引用)

魔法が不完全だったり、まちがって使われたりすれば、うちにもっと大きな厄災を招くだけかもしれない。今日はきらきらしたものの日だから、母さんの宝石を使ったらどうだろう。でもどんよりした日には効果がないかもしれない。
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』p.124より引用)

メリキャットのおまじないは、心理学用語の「呪術的思考」に近いものだと思われます。

呪術的思考とは、本来は因果関係のない行為によって現実をコントロールできると感じる思考であり、不安や恐怖に対処するための防衛的な働きとして現れることがあるとされています。

通常は幼い子どもに見られるものですが、メリキャットは18歳です。

メリキャットが空想する月の世界とは

「ずっとお城で暮らしてる」主人公のメリキャットが空想する月の世界のイメージイラスト


メリキャットは、自分を守ってくれる姉のコンスタンスに対して、異常な執着と依存を見せ、「いっしょに月に住む」暮らしを空想します。

(月の上ではどんな植物が元気に育つんだろう?コンスタンスに聞いてみなくちゃ)

月の世界はメリキャットにとって、姉と自分しかいない理想郷。
コンスタンスの前で「月の上では…」と空想の共有を強いることで、メリキャットは安心感を得ているようです。

「月の上にはなんでもあるのよ。レタスも、パンプキンパイも、アマニタ・ファロイデスも。ネコの毛の生えた植物も、翼をはためかせて踊るウマも。錠前はみんなしっかりかかっていて、幽霊なんかいないの。月の上ではジュリアンおじさんも具合がよくて、毎日お日さまが輝いてるの。姉さんは母さんの真珠をつけて歌をうたうし、お日さまはいつも輝いてるのよ」
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』p.130より引用)

メリキャットは、

「精神的に異常に幼く」
「内面に残忍な憎悪を抱え」
「特定の他者への異常な執着」

を持つ、信用できない語り手なのです。


家族関係の歪み

容疑者のコンスタンス

ずっとお城で暮らしてる。登場人物のコンスタンスのイメージイラスト

コンスタンスは、当時の事件では容疑者として扱われていました。
姉妹は、常に「大好きよ、コンスタンス」「私もよ、メリキャット」と言い合っています。

コンスタンスは、妹のワガママをすべて受け入れ、最低限の躾もしません。風呂に入るように促すこともないし、家の貴重品を庭に埋めて回っても叱ることはありません。

妹の世話をしているのは確かですが、彼女は保護者としての役割を十分に果たしているとは言えないでしょう。
妹とおじさんの世話をするコンスタンスは一見善良なようですが、「家族の異常」を放置しているという見方もできるのではないでしょうか。

メリキャットだけではなく、おじさんも事件の後遺症で精神的に異常な状態にあります。
彼は、事件当日の出来事を執拗なまでに繰り返し語り、自分の記憶の正誤をコンスタンスに確認し、原稿に書き込み続けます。

「天気の良い朝だった」ジュリアンおじさんが言った。おじさんの声はえんえんと続いた。「天気のよい、明るい朝だった。だれ一人、最後の朝とは知らなかった。あの娘が最初に階下に降りた。姪のコンスタンスが。わしが目を覚ますと、姪が台所で動き回る音がした。ーそのころわしは二階で眠っていた。まだ二階に上がれたのだ。寝室で妻と眠っていたーわしは思った、けさは天気がよいと。そのときはまだ、家族の最後の朝とは夢にも思わなかった。それから甥の立てる音がーいや、弟だ。弟がコンスタンスのあと階下に降りていった。口笛をふくのが聞こえた。コンスタンスや」
「なんですか」
「弟がよく口笛で吹いていた曲はなんだったかね、決まって調子っぱずれだったが」
コンスタンスは手を土に埋めたまま考え込み、そっとハミングした。あたしはふるえあがった。
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』p.86より引用)

「ずっとお城で暮らしてる」作品内のワンシーン。姉のコンスタンスとメリキャットとジュリアンおじいさんの食事風景イラスト

コンスタンスの客人のヘレン・クラークが訪れ、当たり障りのない平穏な会話を展開しようとしますが、ジュリアンおじさんは割り込むように事件の話を口にします。

コンスタンスの苦悩

かつ事件において潔白であるなら、彼女の日常は耐え難い拷問といえるでしょう。

家族を亡くした事件で法廷に立たされ世間から叩かれ、身なりも整えず幼い幼児のように甘えてくる妹。事件のことを繰り返し口にし続けるおじさん。屋敷の外は憎悪と偏見に満ち、逃げ場はなく。

そんな状況にもかかわらず、メリキャットの視点では、現在の日常が「二人にとっての幸せ」として捉えられています。
怖いことはおまじないで防ぐことができるし、悪いことは悪霊のせい。
自分を受け入れてくれる人と、害をなす人というくくりでしか他者を捉えず、関係性の変化を拒みます。

彼女にとって姉はずっと自分の味方で、それ以外の人間はみんな敵。死にぞこないのおじさんだけは、「優しくしてあげなくちゃ」と、まるで愛着をもてない哀れな愛玩動物のように扱っています。

求める幸せが異なる場合、健全な関係性であれば自然と別の人生を生きていくことになりますが、この姉妹の場合はメリキャットの執着がそれをゆるしません。

「あたしたち、ここでずっといっしょにいるのよね、コンスタンス?」
「ここを出たいとは思わないの、メリキャット」
「どこへ行くっていうの?ここよりいい場所なんてないじゃない。外の誰があたしたちとつきあってくれる?世の中は恐ろしい人でいっぱいなのよ」
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』pp.98-99より引用)


物語の転換点

この閉鎖的かつ不健全な状態に、足音荒く踏み込んでくるのがチャールズです。
チャールズはコンスタンスのいとこであり、管理されていない屋敷の財産を掌握するために現れ、屋敷内の異常を正常化しようとします。

彼はメリキャットにとって、財産狙いで自分と姉の理想的な平穏な暮らしを脅かす「悪霊」です。

姉に執着する異常な妹と、男性的な威信や表面的な優しさで「異常からの解放」をエサに近づくチャールズ。二者によるコンスタンスの奪い合いが始まります。

さて、ここまでで物語の本質的な魅力ともいえる、濃密な不穏さを感じていただけていますでしょうか。

あらすじはここまで。もし気になった方は、ぜひ読んでみてください。


ここから考察(ネタバレあり)

ここからは、私の矮小な視野と私的なバイアスのフィルターを通した考察です。
事件の真相など、ネタバレもがっつり含みます。


「ずっとお城で暮らしてる」事件当日のブラックウッド家の夕食。ベリーと砂糖ツボのイラスト。

家族は誰に殺されたのか?

6年前、12歳だったメリキャットが砂糖入れにヒ素を混入しました。
家族は夕食のデザート(ベリー)に砂糖をかけて食べ、父親のジョン、母親のルーシー、弟トーマス、叔母ドロシー(ジュリアンおじさんの妻)が死亡。

砂糖を少ししかかけなかったジュリアンおじさんと、普段から一切砂糖を使わなかったコンスタンス。

そして夕食抜きでベッドに送られていたメリキャットの三人が生き残り、コンスタンスだけは、メリキャットが犯人だと最初から分かっていました。


メリキャットの動機

なぜメリキャットがそんなことをしたのか、明確には書かれていません。
彼女をただの異常で残忍なサイコパスとして見る読み方もできるでしょう。

私は、メリキャット視点で語られる空想の中の家族像や、ジュリアンおじさんによる断片的な事件当時の出来事、そして家族の関係性を通して、メリキャットの動機や背景を考えるのが、この作品の楽しみ方の一つだと思っています。

メリキャットは虐待を受けていた?

メリキャットがチャールズを追い出すため、彼が使用する屋敷内のベッドをめちゃくちゃにしますが、
コンスタンスはいつも通り妹を叱りもせず、怒り狂うチャールズに対し淡々と自分が掃除をすると伝えました。

ここで納得がいかないチャールズが持ち出した「お仕置き」という言葉に、メリキャットは強く反応し、
「ディナー抜きでベッドにやるつもりね?」と体をふるわせて、誰にも見つからない野原まで逃げてしまいます。

メリキャットにとって「お仕置き」が恐ろしいものであり、事件当時の家族から受けた罰と結びついていることがわかります。

先にも書いたように、メリキャットの思考には、「自分を守ってくれる味方」か「自分を脅かす敵か」しか存在しません。

お仕置きをする家族は、メリキャットにとって自分を脅かす敵だったのでしょう。

メリキャットは生まれつきのサイコパスなのか

ここで気になるのは、メリキャットの異常性が事件以前にも存在していたのかどうかです。

「十二歳の恐るべき娘で、夕食抜きでベットにやられていたのです。ともあれ、あの子のことは関係ありません」
あたしは笑い声を上げ、コンスタンスはヘレン・クラークに言った。「メリキャットはいつも怒られていたんです。父が食堂を出たあとで、よくお盆にディナーを載せて裏階段から持っていってやりましたわ。性悪で、いうことをきかない子でした」姉さんはあたしに笑いかけた。「不健全な環境だわ」とヘレン・クラーク。
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』p.65より引用)

罰を受けていたという描写だけなら、家族にも躾という大義名分がありますが、食べ物を十分に与えない、家族関係に序列をつけるような扱いは、現代の価値観で見ると、虐待的な関係性と解釈できる可能性があります。

仮に、事件以前もメリキャットだけが異常者だったとみる場合、メリキャットの行動動機は、自分を否定する家族の存在を葬り去り、コンスタンスと二人だけの月の世界を獲得するものだったと見ることができます。

メリキャットは、度々家族の顰蹙を買って罰を受けていたと語られています。

チャールズのベッドをめちゃくちゃにするような行動から、家族のその仕打ちは一見、凶暴なメリキャットに対しての正常な処置のようにも受け取れますが…。

ジュリアンおじさんがなぜ生きているか

事件当時はメリキャットにとって排除すべき存在だったジュリアンおじさんに、現在進行形での殺意が向けられていない点が不可解です。
メリキャットの異常性を考えると、必要ならばもう一度毒殺を試みるはずです。

実際、コンスタンスはそれを警戒してか、メリキャットには料理に一切手を触れさせません。

しかし読者視点で見ると、メリキャットの内面には、もう一度ヒ素を飲ませて息の根を止めたいという感情はありません。
むしろ彼をあわれんでおり、壊れた機械を見るような目で見ていることがわかります。


事件当時と現在で何が違うのでしょうか。

単純に「一回の夕食抜きに対して一回のヒ素(帳消しになった)」
という均衡重視の報復である可能性もゼロではありませんが、それ以前にもメリキャットが罰を受けていた描写があるため、事件時のみ毒殺に至ったのは不自然な気がします。


事件以前の手足が動き、妻を従えていたおじさん。
事件後は半身麻痺で、事件をただ反芻する精神的にも肉体的にも弱い存在となりました。

もし報復だけが目的で憎悪を動機として動いていたなら、現在殺意がないことや壊れた機械を見るような無関心に近いあわれみの感情は不自然です。


メリキャットの中で敵視されていたのは、家族が持つ「自分より強い力」であり、それを失ったおじさんは排除対象ではなくなった、と私は解釈しています。


なぜ、12歳の少女が「家族の力」を恐れる必要があったのでしょう。

たとえば子供が「俺の父ちゃん強いんだぜ」と自慢するのは、「家族の力は自分を脅かすものではなく、自分を守ることに使われる(自分の利益)」という認識が根底にあるからです。


毒で無力になったおじいさんが排除対象でなくなっている謎も、メリキャットが家族の力によって抑圧され、厳しい罰を受け、ないがしろにされる存在だったとすれば、納得できるのではないでしょうか。

メリキャットの空想の中の家族

チャールズから逃げたメリキャットの空想の中では、家族はメリキャットとともにテーブルを囲み、口々にメリキャットを褒め称え、好きな物を買ってあげると言ってくれて、愛していると伝え、食べ物をたくさん食べるよう勧めてくれます。

お仕置きなんてあり得ないと断言し、メリキャットが立ち上がればドロシーとジュリアンも立ち上がるべきだ、みんなでメリキャットに頭を下げようと促すセリフがあります。

実際には、家族はメリキャットに罰を与えて夕食抜きでベッドに行かせているため、家族からのメリキャットへの本来の扱いが、空想の中で反転している構図です。

床に腰をおろして、頭の中でみんなを正しい席につかせた。食堂のテーブルを丸く囲ませたのだ。父さんが上座についている。母さんは下座。ジュリアンおじさんは母さんのとなり。弟のトマスが反対側。父さんの両側にはドロシーおばさんとコンスタンスがいる。あたしはコンスタンスとおじさんのあいだ、食卓でのあたしの正当な場所、あたしにふさわしい場所にすわっている。それからおもむろにみんなの声に耳を傾けた。
「――メアリ・キャサリンに本を買ってやろう。ルーシー、メアリ・キャサリンに新しい本を買ってやるのはどうかな」
「メアリ・キャサリンにはなんでもほしいものを持たせてやりましょう。最愛の娘にはなんでも好きなものを持たせてやらなくては」
「コンスタンス、妹のバターがないよ。すぐに回してやっておくれ」
「メアリ・キャサリン、みんなおまえが大好きよ」
「お仕置きなんてとんでもない。ルーシー、最愛の娘、メアリ・キャサリンがお仕置きなど受けないよう、気をつけておくれ」
「メアリ・キャサリンはいけないことをしないよう、自分で気をつけているんです。お仕置きなどすることはありませんわ」
「聞いた話だが、いうことをきかない子供は、お仕置きとしてディナー抜きでベッドにやられるんだそうだ。メアリ・キャサリンをそんな目に遭わせてはいけないよ」
「ほんとうですわね、あなた。メアリ・キャサリンにお仕置きしてはいけません。ディナー抜きでベッドにやったりしてはいけません。メアリ・キャサリンは、お仕置きを受けるような真似(まね)など、ぜったいにしませんもの」
「最愛の娘、いちばんかわいい娘、メアリ・キャサリンはたいせつに守ってやらなくては。トマス、姉さんにおまえのディナーをやりなさい。もっと食べたいだろう」
「ドロシー――ジュリアン。最愛の娘が立ちあがったら、あなたかたも立ちあがってね」
「大好きなメアリ・キャサリンに、みんなで頭を下げるんだ」
(シャーリィ・ジャクスン著、市田泉訳『ずっとお城で暮らしてる』pp.164-165より引用)

メリキャットは、両親から好きなものを買ってもらえず、食べ物を十分与えられず、ドロシーとジュリアンを差し置いて座ることは許されないような、そのような関係性が浮かび上がります。

心理的解釈

おまじない(呪術的思考)で身を守る習慣や、「守ってくれる味方」か「脅かす敵」かでしか捉えられない白黒思考は、虐待サバイバーに見られる傾向と重ねて解釈することもできます。

白黒思考とは、物事を極端に二分して捉える認知の傾向であり、とくに不安定な環境では「安全か危険か」を即座に判断するための生存戦略として強まることがあります。

虐待環境では、灰色地帯は命取りです。
子どもは生存のために他者や状況を即座に「安全か危険か」「味方か敵か」「善か悪か」と二分せざるを得ません。


メリキャットが家族の夕食にヒ素を入れたのは、罰への報復や憎悪だけではなく、抑圧からの解放という動機があったのではないでしょうか。

姉妹は本当に幸せなのか?

そしてもう一つ、私が気になるのは「メリキャットは本当に幸せなのか」ということです。

家族から解放された姉妹は、「私たち、とっても幸せね」という確認の言葉を繰り返し口にします。

このやり取りは、執着心の強いメリキャットがコンスタンスが自分から離れていかないかどうか確認するための「現状に不満はないか」という探りであると同時に、自分自身への言い聞かせにも聞こえます。

彼女は、実は自分が葬り去った家族に未練があるのではないでしょうか?


メリキャットにとって、空想の中は理想そのものです。野原でメリキャットが描いた空想は、チャールズの痛ましい死に様ではなく、家族の関心を一身に受けて愛され尊重される自己像でした。

メリキャットにとってチャールズは外敵です。

メリキャットの空想からは、家族からの愛や庇護・関心によって敵から守られたいという無意識の欲求が透けています。


メリキャットの本当の理想は、「姉と二人だけの世界」ではなく、「家族の中で正当な立ち位置があり、関心と愛情と尊重を受けること」だったのではないでしょうか。

それが現実ではかなわないため、理想が破綻した世界を受け入れるのではなく、脅威を排除して世界そのものを縮小し「二人だけ」の月の世界を拠りどころにしているのかもしれません。


コンスタンスがメリキャットを庇うのも、事件に関して沈黙したのも、家族の虐待と抑圧が不当であったという認識と、
無力な自分自身への罪悪感から来ているのかもしれません。


まとめ

考察「ずっとお城で暮らしてる」シャーリィ・ジャクスン

以上、シャーリィ・ジャクスンの「ずっとお城で暮らしてる」の考察でした。
今回は、このように仮説になりましたが、メリキャットが「信頼できない語り手」であるため真相は不明です。

今回は家族による虐待があった可能性を軸に考察しましたが、家族は実はまともな存在で、メリキャットの認知が歪んでおり、残忍ないたずらを悪意なく繰り返す娘に手を焼いていただけかもしれません。


この作品の読書体験における魅力は、犯人が判明した時点で終わるものではありません。

私がこの作品を気に入っている理由は、「背景が永久にわからない」からです。

別の仮説を組み立てれば、別の物語になります。

自分でそれをすることが楽しいので、他の人の評論や考察を読もうとしたことは実はありません。


この物語を初めて読んだのは、私が中学生の時です。大人になった今では当時とは違う気づきがあります。

私が今後もさまざまな人生経験をして年を重ねる中で、また新しい違和感と発見を与えて、別のストーリーを体験させてくれるのでしょう。


それを楽しみに、本棚にそっとしまっておきます。

この作品はこれまで何度か人に勧めてきましたが、正直なところ、実際に読んでくれた人はほとんどいません(笑)
昔、大好きな親友にプレゼントしたこともあるのですが、「大事にかざってるよ!」と言われてしまいました。

けれど、読み終えたあとに「もう一度考えたくなる」不思議な魅力がある作品です。
この考察をきっかけに、少しでも興味を持っていただけたなら嬉しいです。

もし「読んでみた」「誰かと語りたい」と思われた方は、
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