主催者インタビュー特別企画:『彗星読書倶楽部』森大那さん×横浜読書会konkon 栞

「彗星読書倶楽部」森大那さん

神奈川県横浜市で活動している女性限定の横浜読書会konkon主催の栞です。

横浜読書会主催者インタビュー企画とは、全国の素敵な読書会主催者さまにお話を伺い、その活動への想いや場づくりへの考え方をご紹介する企画です。

  • どんな思いで、その場所を立ち上げたのか。
  • 運営する中で感じる難しさや喜びは何か。
  • 参加者さんにどんな時間を過ごしてほしいと願っているのか。

そんな「主催者さまの温かい思いや裏側」をお届けしています。

今回は特別企画として、「【読む・書く・語る】で世界の解像度を上げる」をミッションに掲げ、合同会社彗星通商ならびに読書会コミュニティ「彗星読書倶楽部」主宰の森大那(もり だいな)さんをお迎えし、対談形式でお話を伺います。

特別企画:対談形式インタビューの背景

SNS等で独自の「文化圏」を築く森大那さんの発信は、日々場づくりに向き合う多くの読書会主催者にとって大きな刺激となっています。私自身、読書を単なる感想共有や共感で終わらせないその批評的なスタンスに、ずっと強い関心と畏敬の念を抱いてきました。

今回のインタビュー企画では、これまでの形式を少し変えて、特別編として「対談形式」でお送りします。

単なる一問一答ではなく、森さんの深い視点に触れるために、私自身が主催者として抱いている「場づくりにおける切実な悩み」や仮説を持論として添え、問いを投げかけさせていただきました。
私の等身大の現在地を率直にお伝えしながら、森さんが目指す新しい世界のあり方をご教授いただきたいと思います。

この対話の記録が、全国で場づくりに悩む読書会主催者の方々にとって、新たなヒントや道しるべとなれば幸いです。

今回のゲスト『彗星読書倶楽部』と主宰の森大那さんのご紹介

森大那さんは、早稲田大学文化構想学部を卒業後、小説家・文学解説者として活躍されています。

2018年に創設した「彗星読書倶楽部」では、YouTubeでの高度な文学講義やオンライン・オフラインでの多彩な読書会を通じ、日本の出版文化と読書体験を現代的にアップデートし続けています。

彗星読書倶楽部 SuiseiBookClub - YouTube

小説家・森 大那が、文学作品を中心に高品質な書物を解説するチャンネルです。 毎週木曜日22時よりライブ配信中。 彗星読書倶楽部は、本を楽しく読みたい人のためのウェブサービス&コミュニティです。…

『彗星読書倶楽部』主宰の森大那さんに伺いたいこと

森さんはご自身の活動を、単なる読書会の延長ではなく、かつての神保町のような「知の集積地」の設計、あるいは21世紀の新たな文化圏の構想として捉えていらっしゃいます。

本日は、知の設計者である森さんに、物理的な場所に縛られずデジタルとアナログを自在に行き来する戦略的な視座、そして「優しい居場所」のその先にある「文化圏」の作り方についてお話を伺います。

対話テーマ1:コミュニティ

【栞の持論・前置き】

読書会を運営していると、「誰もが否定されずに語れる場」や「居場所づくり」の尊さを実感します。しかし同時に、外部の風を拒む壁がいつの間にか形成されてしまうことや、それによって場が停滞してしまうことに悩む主催者も多いのではないでしょうか。
森さんが提唱される「文化圏」という言葉には、場を単なる「避難所」に留めないための、冷静な「商人としてのリアリズム」が貫かれていると感じます。

すごい、私が忘れていた文章をよく掘り起こしてくださいました!

「大家の制約」が文化のボトルネックになるというのは、私の実体験から生まれた一言です。 以前とある古書店で、多目的スペースを使った新事業を店主に提案したところ、 「人が集まることを大家は嫌うからリスクが大きすぎる」と言われました。比較的閑静な地域なので事情は納得できましたが、それでは新たな文化的拠点は生まれないでしょう。

「文化圏の最小単位」が欲しい時、主催者がしておくべき事は、「自分は何が欲しいのか?」をなるべくはっきりイメージすること(欲望こそは無敵の原動力)、そして、「自分が望む情報空間を自分の手で育て続けるのだ」と心の中で決めること(ちょっとやそっとのことでは辞めない)です。

読書会の参加者は、何よりも、 主催者自身が求めるものに心惹かれて参加してくれるものです。

これは自分のグループを発展させるために大切な考え方ですね。

「暖かさを損なわずに」 とお書きになったところに、栞さんの精神性が現れていると思います。

主催者にとって大切なノイズとは、ちょっと難しい言い方をすると、「内部の中に生まれる外部」です。

・話題の脱線

・突然思いついたこと

この2つこそ、読書会に集まった人々が新しい情報をその場に投げ込む具体的な方法です。

その盛り上がりによって、「このグループは、この後はどこに接続されていくべきか」の舵取りが自然とできるようになっていくはずです。

今後どんな本を読みたいか、新しい形式の読書会を試してみようか、みんなで街歩きツアーをやってはどうか、などの意見が出てきやすくなります。

そのようにして、世の中にあるさまざまなスケールの「文化圏」と、そこへの接続方法が見えてくるというわけです。

「文化の構成員」という気分を、参加者が自分で持つためには、「語ること・創ることって、やっぱり楽しいよね」と感じられる時間を体験し続けることが1番です。

しかし、どんな人でも、エンジンがかかるまでには少々時間がかかるものです。

そこで彗星読書倶楽部では、

・課題本型読書会では、簡単すぎる本は取り扱わない(ちょっと背伸びする必要がある本を課題文にする)

・詩集や詩の解説本を読み、その後、参加者が詩を創作して、それについてみんなで語る(気楽なレベルで作り手側に回る)

このような取り組みを続けることで、「それまでの自分の常識では思いつけなかったことが思いつけるようになる」という体験を提供し続けています。

この読書会に参加する前と後では、自分の脳が全然違う! と感じてもらえるように、これ以外にもたくさんの仕組みを使っています。

対話テーマ2:対話の質と運営ルール

【栞の持論・前置き】

私は横浜で、「やさしい空気感」を大切にした女性限定の読書会を主宰しています。うまく話せなくても否定されない空気の中では、参加者さまの何気ない一言に本質的な気づきがあり、心を揺さぶられることが多いです。

こうした実感は、森さんが動画で「小説の知識の有無にかかわらず、定説を吹き飛ばすような一言が絶対に出る」と語られていたことと深く通じているような気がしています。

参加者さまから「女性限定だからこそ安心して参加できた」とお声をいただくことが多く、男女混合の場では萎縮してしまう方がいることにも気づかされました。

一方で、森さんは男女混合の場を主宰されるにあたり、ご自身の「男性特有の攻撃性や支配的な空気」を自覚的に排除されていると伺いました。
「誰も否定されない安心感」があるからこそ知的な飛躍が起きるというメカニズムについて、深く伺いたいです。

私の場合は、「自分が絶対に使わない言葉」を使わないように心がけています。

例えば、私の周囲の生活環境では、「お前」という二人称は使われませんので、普段から使わないようにしています(なんてお上品な、と言われそうですが……)。

そのほか、「シェアする」「それな」「ガチ」「スペック」なども言いません。周りの人が使っても嫌だとはあまり思いませんが、私は使いません。

すると、今から自分が言おうとしていること、今さっき自分が言ったことを、すべてモニタリングする(本当に発言が適切だったかどうかを脳内で確認する)手間が大幅に省けます。

読書会の主催者・司会者、という立場は、よくよく考えてみれば、結構特殊なものです。

その場をコントロールしているのは主催者ですから、言葉の印象を1つで、その場の空気はがらりと変わる可能性があります。

という事は、その立場にふさわしい言葉遣いや姿勢をその場で相手に伝えられたら、それだけで、その読書会は大きな価値を提供できるということになります。

もし主催者が、絵に描いたようなパリピのギャルだったとしても、絶対に人を傷つけない話し方で、参加者全員が平等に発言できるようにその会を回していたら、主催者としてとても信頼できますよね。参加者は、その人の読書会にまた行きたいと思うはずです。

私はと言うと、「文学の先生でありつつ、読書会ではまず参加者になるべく楽しく話してもらう」「感想はまとまらなくていい、自分の中で形になるまでいつまででも待っていい」という姿勢を感じてもらえるように話し、その会で感じてほしい「自由さ」を伝えています。

これは大変良い点に気がついてくださいました……!

人が生きていく中で「理解されないかもしれないことを人前で言える空間」に出会えることはとても珍しいはずです。

けれど、芸術や学問においては、「言いたかったけどまだ誰にも言っていないこと」に非常に大きな価値がありますよね。

読書会でも同じです。「この場所(彗星読書倶楽部)では、言おうか迷っていることに、他の参加者の目が醒めるような価値が眠っている」と伝えています。

問題は、そのような発言をしてもらえるほどに、参加者に安心してもらえるかどうか。

そのために、私自身が、発言を真剣にキャッチする、発言を馬鹿にしない、よくあるレッテルを貼らない、条件反射でむやみに笑ったりしない、などの姿勢を積極的に見せるようにしています。

「自分の気持ちをこれほど真剣に考えてくれる人に初めて出会った」とよく言われるのは、そのためだと思います。

やはり鋭い質問をされますね。

これは、日ごろの話し方で全てが決まります。

私たちは、「この人は話をわかってくれる人だなあ」と信頼を寄せられる人に出会うこともある一方、正直な話、「なんとなく言葉にトゲがあって嫌だな」「そこまで言わないのが大人の会話じゃない?」と感じる人に出会うこともあるじゃないですか。こうした印象の良し悪しは、他人に見せている・聞かせている言葉から判断されています。

ということは、話し方ひとつで、権威のあり方をある程度コントロールできるということでもあります。

森 大那という人物に対して、近づき難さを感じている人もいます。

しかし彗星読書倶楽部に入ると、音声交流会や読書会を通してその印象が一変し、話しやすい人、と思ってもらえるようです。

会員の皆さんにとって、森 大那は、ゲームやマンガにおける「主人公たちを導く最強レベルの師匠だけど、いつ話しかけてもいいキャラクター」に位置しているようです。

つまり、「この人がいるから安心」という権威が成立しています。

また、YouTubeの動画には人工音声は使わず自分の声で話す、ライブ配信でファンとリアルタイム交流する、というポリシーは、森 大那は遠すぎない人、と感じてもらうのに最良の方法だと実感しています。

「誰もが、常に、新入りとしてあること」というコミュニティのあり方を、常に意識しています。

古参が悪い意味で古参らしくなってしまうのは、1つの話題が長々と続いてしまう時です。

例えばプロレスって、団体やチームの抗争などのストーリーがありますけど、あれ、古くからのプロレスファンにしかわからないですよね。その話題、一体いつから始まってるんだ、と呆れることがあります(アメリカのWWEは、そのアホさ加減も含めて好きなのですが……)。

常連のあいだで話題が続いてしまった時には、私がすぐに新たな話題を持ち込み、誰でも新鮮な気持ちで会話に参加できる状態を作っています。

対話テーマ3:「解体」という読書体験

【栞の持論・前置き】

森さんの読書観でとりわけ衝撃的だったのは、「言語で作られた構造物」である本を、オルゴールや機械式時計のような「完成した機械」に見立てる視点です。

それを一度パーツに分解してデスクに並べて眺め、自らの手で組み立て直す。そうした極めて能動的でエンジニアリング的な読解のあり方に深く感銘を受けました。

完成品の機能(ストーリーやメッセージ)をただ享受するにとどまらず、好奇心を持って「どんなメカニズムでその機能が成立しているのか」という内部構造に関心を向ける。どんな部品で成り立っているかを知ることで初めて、その真の価値がわかるのだと語られています。

実は私自身、あるメイク本を「業務改善」や「5S」といったビジネスの視点から、まるでその内部構造に迫るように分解して書評を書いたことがあります。その際、「完成品をただ享受する立場から外れ、著者の意図とは異なる部品や歯車の噛み合わせに注目して勝手に分解することは、作品への冒涜になりはしないか」という強い怖さがありました。

しかし思い切って公開したところ、著者の方から「自分が一番届けたかった核心が届いていた」という身に余るお言葉をいただき、結果として弊会の講演会にお越しいただくという素晴らしい出来事に繋がったのです。

読み手が自らの手で機械を分解し、その構造と格闘すること。それこそが結果的に、作り手がそのパーツに込めた「運動(機能の成立)」の核心により深く触れる契機になるのだと、身をもって実感いたしました。
[書評]本好きがビジネス書として読めた異色のメイク本『今の自分に合うメイクの正解』

そんな話をどこでしたんだったか、もう、喋った本人は完全に忘れてしまっています……よく発掘してくださいました。

本の著者にふさわしい人物とは、自分の真意が文章を通して伝わらない可能性を覚悟できる人、なおかつ、自分の文章をきっかけに創造的な誤読が生み出される可能性を覚悟できる人です。

プロの批評家がとんちんかんなことを言ってしまうのは問題ですが、一般読者にはその自由があります。焼き鳥と日本酒をお供に1冊の本をボロクソにする/絶賛する、という人はたくさんいるでしょう。あるいは、ピンセットで小さい歯車をつまみ上げるように、言葉を精密に取り出して、著者が意図しなかった構造を見つけてしまうことだって醍醐味です。

一般読者が自分の本をどう受け取ったか、著者が知る機会は滅多にありません。だからこそ、意図した通りの受け取られ方も、自分の想定を超える受け取られ方も、両方受け入れられる人が、真の著者=言論公表者です。

私は、自分が感銘を受けた本、そして、時間を割いて読む価値があると他人に保証できる本だけを、メディア上で扱うようにしています。

すると自然と、私のエンジニアリング的な読解は、その本・その作品に対して、大きな尊敬と、尊敬ゆえの冷静な検討、この2つを通して行われることになります。

もし読者が、自分の読解が著者の意図を壊すのではないかと懸念を持っているのなら、既にその作品に対して尊敬を持っているということです。

ならば、完成品をひたすら愛でるだけでもよし、夜な夜なこっそり1人で分解するもよしです。それを公表するかどうかは、その人が決めていいことです。

「著者の意図」というものは、ある意味、受け取れて当たり前のものです(編集部は本の中身を整理し、なるべくわかりやすくなるよう心がけているはずですから)。

けれど……本当のことを言えば、読者の立場から「著者の意図」を正確に描き出す事は不可能です。医者は患者の痛みを読み取るけれど、患者の痛みそのものを体験することはできないのと同じです。

だからこそ、読解作業において書き手に対する敬意とは、「その言葉がどのように機能しているか」を、なるべくたくさんの意味で、なるべく明晰に把握することです。

言葉の機能を説明できるようにすることは、その言葉の客観的な価値を見出すということです。

栞さんは『今の自分に合うメイクの正解』を、工場改善手法の類推で分解しました。

その結果、著者や編集者の言葉選びや、本の中のさまざまな要素が、読者に対してどう機能しているかを分析することができました。

だからこそ著者は、「核心が届いた」と感じられたのです(感じられた、のであって、本当に制作段階の意図が読み取られたのかは誰にもわかりません)。

実はそれは、言語で作られた構造物に限りません。

人が創造するものには、どこかで作り手のコントロールから外れる、という原理が働いています。

その領域を探し出した結果、そこに価値が見出されることがある。

これがご質問の現象の正体です。

創造物は器であり、器の中身そのものではありません。

ガラス器にフルーツを盛っても、数日で腐ってしまうでしょう。けれど器は1000年後まで保存できる可能性がある。1000年後なんて、作者のコントロール外です。1000年後の人は、そこに何が盛られていたか、自分の時代の常識で想像するほかありません。

器の作り手は作者、1000年後の鑑賞者は読者です。

対話テーマ4:読書会とファシリテーション

【栞の持論・前置き】

主催者として場を回していると、つい「脱線させないこと」や「時間通りに着地させること」を意識してしまいがちです。

しかし、森さんが実践する「司会が介入しなくても、参加者同士で会話がどんどん自走し始める状況が理想」「読書会の特に面白い瞬間は話が脱線した時」という考え方は、単なる司会術を超えた、緻密で優しい「場づくりの技術」が土台にあるのだと強く感じさせられました。

なんと、ついに核心を突かれてしまいました……!

これは私が読書会を始めたきっかけに理由があります。

私は小説家の堀江敏幸氏のゼミに所属していたのですが、やっていることは課題型読書会と同じで、そして彼がまさに、そのようなポリシーの持ち主だったのです。

二十歳ごろ、「正解」や「鋭さ」ばかり求めていた私は、当初、彼のポリシーはあまりにぬるいと感じていました。

しかし、すぐにその印象を自分で拭い取ることになります。

自分と全く違う価値の体系を堀江さんが持ってることに気づきました。

読みの現場に、正解は無い。考えというものには、鋭さ以外の価値もある。

重要なのは、学生に、頭の中にあるものを言葉にするよう促すことだ。

少なくとも私には、彼がそう考えているように見えました。

これは、自分がまったく予想していなかった、未知の正解だ。「正解」という数直線を粉々にする新しい正解だ。そう思いました。

それ以来、彼の手法を尊敬するようになりました。

その後、私は労働者になり、あのゼミのような文化的な時間と空間が世の中にほぼ存在していないことを知りました。そして、そんな場所を、自分が渇望していることも……。

では、自分であのゼミを作ればいい、誰が参加してもいい読書のゼミを作ろう、と考えました。

それが、彗星読書倶楽部です。

その運営の中で、堀江敏幸イズムが他の何よりも役に立ったことは、ご想像の通りです。

というわけで、彗星読書倶楽部の手法は、堀江さんから受け継いだミーム(文化的遺伝子)であると言えます。

話の脱線が起きた時、それを課題作品へ強引に繋げる必要はありません。

ただ、「それが今思い出されたということは、(まだくっきりとした形にならない)意味や価値がある何かなのだろう」という読み取り方を司会者が示せば、その人はそれを憶えていて、ずっと時間が経ってから、意味を見出すかもしれません。

先ほどの大学のゼミの話です。マルグリット・デュラスのとある小説を語る日に、私は全く関係のない中国映画『さらば、我が愛/覇王別姫』の冒頭部分を思い出しました。それを発言すると、向かいに座っていた先輩が「えっ、私も今おんなじ場面のこと考えてた」と言いました。まさか、と思うほど課題本とは関係がないシーンです。それを聞いた堀江さんは「デュラスは映画監督でもあるから、関係がないとは言い切れないのではないか」と話しました。

常識的な判断では結びつかない関係が、突発的に現れる記憶や、偶然の一致から、浮かび上がる。そんな体験をこれまで何度もしたことがあります。

その時には繋がらなくても、いつか、ずっと遠い未来で、繋がりが発見されるかもしれない。それで充分です。

彗星読書倶楽部では、「わからなかった」と抵抗なく発言できるような雰囲気を作っています。

その一番の方法は、私自身が「この部分よくわからなかったんですよね」と先に言ってしまうことです(本当はわかっていてもいい)。主催者がわからないって言ってるんだから、自分も言っていいだろう、と感じてもらえます。

逆に、誰かが「わからない」と言ったら、「もしかしてこういう意味なんじゃないか」と仮説を話すと、新しい発想を生み出していいのだと思ってもらえます。

参加者の思考回路は、主催者・司会者の思考回路に似てきます(よほど相性が悪くない限り)。

わからないことは、仮説と想像力の種です。

いますぐわからなくてもいいんだ、と、中心人物が示した時に、コメントの連鎖反応は始まります。

エピローグ:今回のインタビューについて

【栞の持論・前置き】

今回、インタビューのお願いをした際、森さんから「彗星読書倶楽部も読書会の文化を普及するために活動しておりますので、ご協力できたらと思います」という温かいお返事をいただき、胸が熱くなりました。

横浜の小さな読書会という「点」が、森さんの構想する広大な「文化圏」という地図の中で、同じ志で繋がれたような気がしたからです。

性別限定の場でしか話せない事が沢山あると思います。

だから「横浜読書会konkon」は貴重な場です。

会場に行くことで救われている人も、きっとすでにいるでしょう。

なるべく長く、なるべく規模を広げながら、活動を続けていただきたいと思います。

私の友人にも、女性限定の読書会を主催していた人がいますが、いつの間にか活動しなくなってしまいました。

それを知って、1つの活動を続けるのはとても難しいことだと痛感しました。

けれど幸い、読書会は最低限、本と場所と人さえあれば、何とか続けられます。

いやむしろ、そんなふうにミニマルにでも続けることこそが、巷の人々の知恵を維持し、更新し続けるための、理想的な実践方法だと言えるでしょう。

日本ではまだ、読書会という文化は浸透していません。

読書会は、歴史上何度も行われてきたことでありながら、同時に、未発掘の資産です。

私は、読書会というカルチャーの規模を広げてゆく方針を採っています。

「横浜読書会konkon」も、「女性限定の読書会といえばあそこだよね」と言われるほどに育ってゆけば、その分、参加者の喜びをこの世界に創り出してゆくことができます。

少人数制の持ち味はそのままに、ぜひ大きなスケールで、今後の活動を構想してください。

読書会は、楽しくて気楽な場所です。

いろいろな楽しみ方があります。

私はちょっと気取って、「読書会は文化的な時間が過ごせる場所」なんて表現したりします。

趣味が合う仲間と語り合って、時間を忘れるほど白熱した体験が、きっと記憶のどこかにあるでしょう。

あの楽しさを作り出すのが、読書会です。

もし、始め方がわからなければ、お友達や知り合いを2〜3人集めて、「本の感想を語り合う会」という感覚で始めてください。

そして、最近そんな会をやってるんだ、と周りに教えてください。

参加したい、という人が現れるはずです。

気がつけば、その集まりが読書会になっています。

ルールが必要になったら、あとから作ればいいんです。

使うのは、活字の本じゃなくてもいい。マンガでもいいし、映画でも、音楽でも、美術展の感想を語るのでも、読書会を名乗っていい。

なにしろ、映画も音楽も美術も、読み取るものですから。

私は読書会という文化を拡大して、新しい文化的なマーケットを作ろうと思っています。

やがては、広告デザインを読む読書会、YouTube動画やWebページを読む読書会、香水を語る読書会が生まれるのかもしれません。

語る楽しさを、一緒に作りましょう。

彗星読書倶楽部の参加方法や概要

開催概要

開催頻度: 毎月8回前後

開催場所:

  • オンライン: 会員限定Discordサーバー(音声通話)
  • オフライン: 都内各所の快適な空間(目白「ブックカフェ・ノーム」など)

読書会の形式:

  • 課題本型・輪読型: 課題本を語り合ったり、その場で音読(途中の状態でも参加可)
  • 自由紹介型・積読型: おすすめ本や手元の未読本を持ち寄ってカジュアルに紹介
  • 創作型(看板形式): 課題本を語り合った後、インスピレーションをもとに詩や小説を創作
  • その他: 喋らず黙々と読む「読むだけ読書会」や、音楽・映画の感想会も開催

対象: 本を楽しく読みたい、語りたいすべての人(知識や経験は一切不問)

彗星読書倶楽部の主な参加方法

主な参加方法:

  • メンバーシップ登録(月額 3,300円 / 税込)
  • オンライン活動: 追加費用なしで、すべてのオンライン読書会に何度でも参加可能。150本以上の解説動画コンテンツも見放題。
  • オフライン活動: 対面での読書会に参加する場合は、月額会費とは別に都度参加費(例:1,000円+1ドリンクなど)が必要。

ぜひ、彗星読書倶楽部の公式サイトもチェックしてみてください。

森大那さん、素敵な活動や想いを知る機会をいただき本当にありがとうございました!
森さんからいただいた言葉を、今回の記事だけで終わらせず、私自身の今後の活動や、読書会という場をつくっていく上でも大切に活かしていきたいと思います。
読書会という活動や文化が、より多くの方に届きますように。

  1. 読書会の裏面史|全国の主催者の想い
  2. 主催者インタビュー特別企画:『彗星読書倶楽部』森大那さん×横浜読書会konkon 栞

横浜読書会konkonのインタビュー企画について

この記事は、神奈川県横浜市で活動する女性限定・少人数制の『横浜読書会konkon』が企画・運営しています。
本企画では「読書会主催者としての活動への想い」を伝えて下さる参加者さまを引き続き募集中です。
下記より募集条件をご確認の上、お気軽に横浜読書会konkonのXアカウントInstagramのDMにメッセージをお送りください。

▼企画の詳細はこちら

読書会主催者インタビュー

全国で活動する読書会主催者さまへのインタビュー企画。読書会を始めた原点や場づくりへの想いを伺い、横浜読書会konkonが記事としてご紹介します。活動規模を問わず参加団体を募集しています。


横浜での読書会はこちらの開催概要をご覧ください。

ワークショップ 開催概要|【 心にのこる書評の書き方×オリジナルブックカバー制作】
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
横浜読書会konkon 第2回課題本読書会 開催概要|なぜ働いていると本が読めなくなるのか
横浜読書会konkonの満席御礼画像。第7回読書会「好きな本を語ろう!」が募集開始2分で満席となり、参加者への感謝のメッセージを掲載。
終了【8/16開催】第7回 横浜読書会konkon 開催概要